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◆清水市の誕生と医師会の創立
清水市は、大正13年2月11日紀元節(現在は建国記念日)に清水港周辺の江尻、辻、入 江、清水の4町と不ニ見、三保の2ヵ村、計6町村が合併し、市名を清水港から取り発足しました。
その後、積極的に近隣町村との合併を進め、北は山梨県境、西は静岡市境まで広がり市の 人口は24万人で、面積227.6平方キロメートルとなり、そのうちの7割が山間地での山あり、港ありの中堅都市となりました。静岡市清水医師会も市の誕生と同時に創立し、初代会長に石本正治先生が就任会員36名で発足しました。
会員も合併とともに増加し、人口増加に伴い病院、診療所が加わり、現在は3総合病院、132診療所となり215名の会員となりました。
◆医師会館の設立
医師会館は、初代石本会長が相生町に462平方メートルを借地 して日本医師会生命より資金を借り入れ、木造二階建の当時としては超モダンな会館(軽費診療所、看護婦養成所付設)を昭和5年に設立しました。
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しかし、太平洋戦争の空襲により跡形もなく焼失してしまいました。昭和24年紺屋町の旧江尻小学校跡地に495平方メートルの土地を購入し、平屋建112平方メートルの会館を建設、昭和29年には増築し全国でも3ヶ所しかなかった医師会立検査センターを作り、オープンホスピタル構想で意気さかんでありました。
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<昭和24年の医師会館> |
昭和34年、清水市に国民健康保険法を施行するにあたり、医師会がその協力の代償として検査センター、研究室、公衆衛生室、准看護学院等を含む医療センターと歯科医師会、薬剤師協会、助産婦会の事務所及び医療団体で共有する大講堂を含む保健会館建設を、大曲の清見潟病院の横に市が建設することで決着しました。
この地域は、地盤が軟弱のためコンクリートパイルの打ち込みにより基礎を作り、昭和39年12月に完成し新医師会へ移転しました。
この会館も、昭和49年の七夕豪雨により水没してしまい多くの書類や機器が使用不能となってしまいました。
以後、検診部の開設により手狭になるなどで新改築の必要性に迫られ昭和61年4月の定時総会で、会館全面改築及び拠出金徴収が全会一致で承認可決されました。
◆現在の医師会事務所
平成5年4月、全国でも稀な市が所有する土地に市の保健センターと、医師会・薬剤師会 歯科医師会が建設しようとする保健会館の合築施設(鉄筋4階建て延べ5,271)が完成しました。
現在、この会館の2階を検診センターとして、4階に臨床検査センター及び医師会事務所として使用して市民の健康管理と医師会員の総括業務を行っております。
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<現在の保険センター> |