防災対策  
 
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コラム
「襲来不可避の東海大地震」-東海大地震関連事項の検討-
静岡市清水医師会会員  松山 靖
 
はじめに

 平成16年10月23日に震度7(動けない ビルが倒れる)の新潟県中越地震が起きた。同年9月5日には紀伊半島沖で相次いで大きな地震が起きたし、浅間山も噴火した。大地震には連鎖性がある。新潟県地震も1847年の善光寺地震(安政大地震の7年前に起きた)と同じ「フォツサマグナ」のゾーン上で起きた。東海地方に住む我々の足下では、大地震の危険が育っていると見たほうがいい。日本は四つの巨大プレート(岩板)に囲まれ、無数の断層を持った世界有数の地震国である。

 今、日本の地震学者の全員が、今世紀前半に駿河・南海トラフ(海溝)を震源としてマグニチュード(Mと略す。 エネルギーを示し1違うと32倍の違いになる)8クラスの巨大地震が起こる、と警告している(参考文献1)。予想される大地震では100万人からの被災者が出るという。

 
 
予想される東海地震が騒がれる理由

 東海地方には有史以来M8クラスの大地震が駿河湾から遠州灘、紀伊半島沖を震源地として周期的に発生している。近年では明応(1498年)、慶長(1605年)、宝永(1707年)、安政(1854年)、東南海(1944年)の大地震がある。プレートが周期的に跳ね上がるのが原因とされる。

 東海大地震が予想され危険視される理由は、150年前の安政の大地震と似たような大地震が起きる恐れがあるからだ。安政の地震の1回目は嘉永7年(1854年)11月4日(陰暦)で、安政東海大地震(M8.4)といわれ、32時間後に安政南海大地震がおきている。1回目の地震から23日後には元号が安政と改元され、翌2年江戸を中心にした安政江戸地震が起き、この3つの地震を総称して「安政の地震」と言っている。

 この安政東海大地震発生の時、駿河湾の真ん中で海面に巨大な水柱が立ち、次に海面が大きく割れて海水が吸い込まれる現象が何回もおこるのを見ていた人がいた。この人は、おおいに驚き、それを記録に残したのである。 駿河湾は日本でも稀な深海である。この海に巨大な水柱が立ち、海が割れるほどの変化がおきたのは、駿河トラフ(海溝)西側のプレートが跳ね上がるような巨大な地殻変動が起きた証拠である。

 学者は確かな証拠がないと問題を取り上げない。だからから予知も難しい。1976年、石橋克彦氏(当時東大理学部、現神戸大教授)が古文書の中からこの記録を見つけ、地震予知連絡会で発表してから静岡での地震騒ぎが大きくなった。この古文書から、それまで安政東海大地震は遠州灘が震源と思われていたのが、駿河トラフまで動かしたことが判明したのである。それから90年後の1944年の東南海地震の時(清水で家屋倒壊多数)駿河トラフは動いていないので、ここに大きなエネルギーが溜っていることになる。 そこで「駿河湾にいつ地震が来てもおかしくない。しかもそれがM8クラスだ」と大騒ぎになり、静岡県は地震防災対策強化地域に指定され、駿河湾一帯に地震予知のための各種器具が備えられたのである。これが世にいう石橋説だ。

 今、掛川から御前崎までの水準点の沈降が止まったというが、これがやがて上昇に転じて地震の前に急反発し、大きく跳ね上がって大破壊に至るであろうと推測されている(1)。これが時間の問題とされる東海地震である。その後出てきた記録を見ると、駿河湾だけの地震の発生はなく、駿河湾、遠州灘でおこる東海地震や愛知県沖、三重県沖にかけての東南海地震や、紀伊半島沖、四国沖での南海地震とが連動することが判明したので、愛知県をはじめ、神奈川県、長野県、山梨県、三重県の一部も地震防災対策強化地域に指定された。 日本の人口の1割の1200万人が危険エリア内に入り、静岡で地震がおきても近隣県の援助は受けられなくなる。

 
 
津波について

 沿岸地方に住む人逹は、地震がきたら例え真夜中でも、あらかじめ決めておいた高台に一目散に逃げるのが大原則だ。予想される地震では静岡、愛知、三重、和歌山、徳島、高知の各県で10メートルを超す津波が襲来すると考えられている。

 この危険な津波の犠牲者の死因について日本の医学界が初めて考察したのは、1983年の日本海中部地震の時、秋田県医師会が発行した「日本海中部地震の被害状況報告」というパンフレットだった。その概論では、秋田県の79名の津波犠牲者の死因は「津波による溺死」と一括している。しかし各論の能代市近郊山本郡医師会員の報告は、津波による死者55例のうち9体は全く損傷を認めない溺死だったが、他の大多数は大腿骨、肋骨、頭蓋骨、特に下腿骨の骨折が多く見られ、随所に外傷が認められたとある。これは津波エネルギーが人体を岩などの固い物に叩きつけた証拠である。

 巨大津波を目前にしたら、深呼吸して何か固定した物にしっかりとしがみつくと助かるという。これは昭和21年4月にアリューシャン津波が来襲した時のハワイでの経験からだ。この時の犠牲者の死因は、波勢にとばされた人体が固体に激突するためで、津波の中に入れば天然のクッションである事を知り、米国の公文書に記載された。

 日本でも三陸大津波のとき、大槌湾の白浜で若い女性が、9メートルを越す巨大津波を目前にして樹木にしがみつき助かっている(2)。

 ちなみに日本史上最大の地震は1707年の宝永の大地震(M8.4)で、 死者2万人、家屋倒壊6万棟、津波による家屋の流失は2万棟にのぼった。東海地震と東南海地震及び南海地震がほぼ同時に発生したためだ。 予想される東海地震は遅くなればなるほど3つの地震が同時に起こり、巨大化する率が高くなるという(1)。

 
 
大地震と突然死−その危険性を知っておこう

 かつての阪神大震災の少し前、ラジオで、ある防災センターの所長が「大地震が発生したら決して一生懸命働いてはならない。一生懸命働くと、得体の知れない突然死で死亡する人が出てくる。自衛隊の人を見ろ。何班かに別れて休みながら作業しているではないか」と言っているのを聞いた。大変説得力があったが、災害時に突然死するのは年輩者に多い。

 これはロサンゼルス地震の時、心筋梗塞が多発したことを参考にしている。これは1994年1月17朝4時半におこったM6.4の地震で、29人が死亡し、2万人がホームレスになった。ロサンゼルス地区の検死官の統計を調べると、この日に限り心筋梗塞による突然死が、他の日に比べて突出して多くなり、地震が引き金になって発病したとの論文が出た(3)。

 その後同じ研究者が、ロサンゼルス地方の広範囲の病院のデーターを調べて、心筋梗塞の発生が一週間に渡り通常より35%増加したとの報告が出た(4)。

 これらの論文は、地震が引き金になり心筋梗塞が発生した事を報告した米国での最初の論文だ。この文には冠動脈疾患を有する人には、アスピリンかβ-遮断剤の投与が心臓性急死の予防に有効だとある。

 心筋梗塞は冠動脈の単なる狭窄だけではおこらない。狭窄に加え精神的動揺、環境の変化などのストレスによって、血圧上昇物質や血液凝固物質の増加、血管内皮細胞の機能低下をおこし、最終的には不安定プラーグ(動脈硬化性病変)の破裂によって冠動脈の血栓性閉塞を来たし心筋梗塞が発症するとされている。

 又、心筋梗塞以外にも大地震の時、重症不整脈による死亡者の増加も記録されており、これらの重要な引き金として精神的ストレスが考えられるとしている。

 その後間もなく阪神大地震が発生したが、建物の倒壊による圧死のほかに突然死が多く出るだろうと思った。

 阪神大震災は1995年1月17日朝5時46分に起こったM7.2の都市直下型地震で、5500人が死亡し、25万人がホームレスになった大地震だった。死亡原因の9割は家屋の倒壊で、そのほか4万数千人が部屋内の家具の落下で負傷し、多数の人が塵で目を傷めた。

 予想どおり、地震発生から心臓性急死や脳卒中で突然死する人が多数あったという。この時淡路島で唯一災害を免れた兵庫県立淡路病院の医師達は、地震発生から4週間までの間に心筋梗塞が通常より3.5倍多く発生し、特に女性、それも70歳前後の女性に多かったとの論文を出した。 精神的ストレスが心筋梗塞の引き金になったのである(5)。新潟県中越地震の避難住民の血圧は10〜20位上がっていたという報道がある。

 地震の時は舞い上がる粉塵で目や呼吸器をやられるから、ゴーグルやマスクが必要だ。 冬にはインフルエンザや肺炎が流行する。粉塵に加え、精神的ストレスや睡眠不足、過労、脱水運動不足が病気の原因だろう。

 
 
関東大震災、阪神大震災と御巣鷹山日航機事故の教訓

 清水の医師会では地震が発生したら、中学校、小学校に開設される救護所に、割当てられた医師が集まってトリアージ(重症、中等症、軽症、死亡の判別)を行うことになる。自分の診療所は使わないが、戦場の様になるだろう。阪神大震災の例では掃除だけのために数日間は診療行為が出来ないという。

 防災関係者は吉村昭氏の「関東大震災」(6)を読む必要がある。この本には、震災で火が出たら「人は広場に集まってはいけない」という教訓が記載されている。この震災では本所区被服廠跡に集まった3万8千人の人々が火の竜巻に巻き込まれて焼死した。近くに川があると川に沿って竜巻が動くので危険である。次に死者が多かったのは小学校や公園などの広場や橋の袂で、火に追われた人々が密集し身動きならなくなった時に火に囲まれる。広場には地形の関係で火柱となったつむじ風が襲うという。

 阪神大震災のときは、かろうじて開いていたある民間の病院で5人の医師が働いたが、水が大量に必要なのに補給が全く無かった。飲まず食わずで働いたが、患者は続々と来るので、野戦病院さながらの、この世の修羅場であったとの記録がある(8)。数万人の負傷者が、補給の無い限られた病院に殺到する。この地震の時、兵庫県南部の2000ヶ所の医療機関のほとんど総てが打撃を受け、小規模の医院も半分以上が機能停止に陥った。5日後に神戸市内の病院の開業率は40%であったという。

 これに対して行政側は、フランス災害特殊部隊の受け入れを、想定にないので「官僚的対応」で拒否したという(8)。県や市の対応は遅かったが、自衛隊員はてきぱきと行動した。指揮官がいて的確に指示する訓練が出来ているからだ。水の確保はぜひ必要だろう。

 災害の後の検視は、昭和60年8月の御巣鷹山の日航機事故で520人の死者を出したが、この時大量検視した群馬県警察医、大国勉歯科医師のホームページが参考になる。死体検案書を書くのに印鑑が必要だという。地震の時は医師自身にも被害が及ぶから条件は悪くなる。現場に若い指揮者が是非必要だと強調している。
 
 
予想される大地震への対応と前兆現象

 今、国や県などの行政は地震に備え、地震の被害が少ない「減災」作りを目的として、住宅の耐震診断と補強工事を行っている。正しい選択だがテントや自家発電機の用意がない。大地震の後に必要な多数の仮設住宅をすぐに建てる計画と準備も無い。地震に備え各人が3日分の水、食料やラジオ、マスク、ゴーグル、懐中電灯、靴、サランラップ、毛布、の用意と保険証、薬の説明書のコピー、住宅の補強工事が必要だ。トイレは野戦をする自衛隊員は地面に穴を掘り、板を渡して周囲をシート等で囲むが、これが良い方法だろう。車の中はラジオもあり安全な避難場所だが、運動が不足するとエコノミークラス症候群で肺塞栓になる。

 予想される大地震はM8クラスの大地震で何らかの前兆があるはずだ(9)(10)。

 安政東海大地震の前は御前崎付近の地盤沈下のほか、7年前から善光寺、越後頸城郡、信濃北部、小田原付近、伊賀上野、桑名付近と次々に中地震が発生し次第に震央に近づいている。大地震の前年に遠州地方で不気味な雷動が聞かれたという。

 関東大震災でも地震に先立つ60〜70年前から房総半島および三浦半島の地盤が沈下し(9)、地震の数年前から震源地の相模湾を中心に地震の空白地と周囲に中小の地震が群発した(6)。

 阪神大震災でもその数年前から、兵庫県北部の山陰地方より次第に南下して来た中小地震がその前兆だという考察がある(NHKテレビ)。平成15年7月の宮城県北部地震でも、その前に岩手県から地震が次第に南下して起きている。新潟県中越地震は16年9月の浅間山の噴火が引き金で(週間朝日)、震源地には半年前から地震の空白期があった(静岡新聞)との説がある。

 今日、人工衛星による全地球測位システム(GPS)の精度が上がり、ある程度の地震予知情報が出来る可能性が出てきた。駿河湾の海底に地殻活動の音波を計測する機器を備え、東南海、南海震源域に「低周波微動」を監視する試みや(1)、FM放送の異常を捉える研究もされている。

 そこでデーターの異常が出た時、観測情報(安心情報、青信号)が出る。招集された判定会で異常データーが検討されると注意情報(黄色信号)となり、通勤者は帰宅する。地震がせまってきたら地震予知情報(警戒宣言、赤信号)が発令され鉄道、自動車は止まることになっている。名前を覚えるのが大変で混乱が起こるだろう。

  関係者は予知情報の発令と、出すタイミングが難しいという。市民が早く避難すると空き巣が入るし、地震になれば善意のボランティアが大勢でるが、火事場泥棒も横行する。

 
 
予想される大地震の日本に及ぼす影響

 清水の東端に、さった峠という難所がある。安政東海大地震で隆起した所だが、そこから東側の富士川あたりまで、国道一号線、東名高速道路、JR東海道線が駿河湾沿いに並列している。さらにその北には東海道新幹線が走っている。富士川には有名なフオッサマグナという断層が走っている。 もし大地震がきたら、さった峠から富士川付近までの間で鉄道、道路網が寸断されるのは間違いない。日本の大動脈は切断され東西の交通は麻痺し、電気、ガス、水道などのインフラは切断され、各都市はしばらくの間自立しなければならない。

 阪神大震災のあと多くの本が出た。特にその前兆証言を集めたものには見るべきものがある。

 大阪市立大学の弘原海 清(わだつみきよし)氏編纂の「前兆証言  一五一九!」を推薦する(11)。この時の地震の、いろいろな前兆現象の証言を集めたもので、読んでおくと自分の身を守れるかもしれない。

 地震については一喜一憂しない事。 しかし、前兆には気を付ける事。そしてもし起こったら、交代で仕事をして休憩をとり、特に年輩者は一生懸命働かない事だ。

 この文を書くにあたり「地震と突然死」に関する参考文献を送って下さった浜松労災病院高橋正明先生、突然死についての文章をご高閲下さった菅田芳文先生、及びお世話になった方々に深甚なる感謝の意を表します。

 
 
参考文献
1. 日経サイエンス 2002年 10月号 特集 どうなる東海大地震
2. 三好寿 今だから知りたい東海地震 静岡新聞社 土隆一編
第一章 東海地方の津波と心構え 1995・3.28
3. Leor J,Kloner RA.
The Northridge earthquake as a trigger for acute myocardial infarction.
J Am Coll Cardiol 1995;25:105A. abstract.
4. Leor J,et al. Sudden cardiac death triggered by an earthquake. N Engl J Med 1996;334:413−419.
5. Suzuki S,et al.Hanshin-Awaji earthquake as a trigger for acute myocardial infarction.
Am Heart J 1997;134:974−977
6. 吉村昭 関東大震災 文芸春秋
7. 松本哉 寺田寅彦は忘れた頃にやって来る 集英社新書
8. ドキュメント阪神大震災全記録 完全保存版 毎日新聞社発行 1995・4・8
9. 力武常次 日本の危険地帯 −地震と津波− 新潮選書 1995・2・15
10. 溝上恵 大地震は近づいているか 筑摩書房 1995・3・10
11. 弘原海 清(わだつみきよし)編纂 東京出版 「前兆証言 一五一九!」